歴民研活動報告
このブログでは京都学園大学「歴史民俗研究会」の活動を紹介しています
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DATE: 2009/10/29(木)   CATEGORY: 活動日誌
道成寺フィールドワーク
和歌山県日高郡にある道成寺にフィールドワークしてきました。
道成寺とは「安珍と清姫」、「髪長姫」の伝説が語られている寺です。
今回は絵解きで「安珍と清姫」を聞きに行ってきました。
昔安珍という若い修験者(山伏)がいました。熊野権現へ向かう途中で、庄司清次という低に一晩泊めてもらいました。清姫は清次の娘でした。清姫は安珍に一目惚れ誘惑するが、修行の身である安珍は断った。翌日旅立とうとしたが清姫は別れを惜しんだ。安珍は「熊野の帰りにまた此処に寄ります」と約束をした。しかし約束の日は過ぎても安珍は清姫の前に現れなかった。清姫は旅人に熊野から参ってくる山伏について尋ねた。
旅人は「その山伏なら向こうの峠に行きましたよ」と言った。清姫は裏切られたことを知ると、安珍を追いかけた。やっとの思いで安珍に追いつくと、安珍は鬼女のような姿の清姫を恐れ「人違いです!!」と言った。人違いと言われ清姫の怒りは頂点に上った。逃げる途中渡し舟を見つけたので安珍は船頭に頼み乗せてもらった。清姫は川に飛び込み蛇体となり炎を吐きながら川を渡った。安珍は来る時に立ち寄った道成寺に助けを求めた。寺の僧達は安珍を鐘に隠した。蛇体となった清姫は道成寺に辿り着き、安珍を探した。降ろされた鐘の下に安珍の草鞋の紐が挟まっていた。清姫は鐘に巻きつき炎を吐いた。どのぐらいたったか、清姫は血のような涙を流し入水した。急いで僧達は安珍の元へ行くと、無残な姿となり死んでいた。
 安珍の遺体は燃えた鐘と一緒の場所に埋めたと言われています。
この場所は「安珍塚」と呼ばれています。
また道成寺から少し離れた場所に、清姫が入水した場所に「蛇塚」と呼ばれる塚がありました。
 この話は「愚痴らない事、怒らない事。そうしないと清姫のような姿になってしまいますよ」、「男性は女性を大事にする事。女性も男性を大事にする事。そうしないとこの2人のような結果になってしまいますよ。」との教えでした。
また国宝・重要文化財の仏像を多く安置しているので興味がある人は行ってみてください。
                                      天
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