歴民研活動報告
このブログでは京都学園大学「歴史民俗研究会」の活動を紹介しています
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DATE: 2008/08/22(金)   CATEGORY: 活動日誌
落語と怪談「牡丹灯籠」
粗筋
旗本飯島平左衛門の娘お露は、病を患って本所柳島の別邸で養生していた。あるときそこへ、医師が浪人の萩原新三郎と連れ立って訪れ、お露は新三郎に一目惚れする。しかしその後、お露はもとよりの病に加えて恋煩いまで抱え、命を落としてしまい、お露に仕えていた女中のお米も、看病疲れから後を追うように死んでしまった。
 お露の死を知らされた新三郎は、その冥福を願い念仏を唱えて過ごしていた。ところが、お盆の十三日、新三郎の家にからん、ころんという駒下駄の音と共に、牡丹燈籠を提げたお米に伴われたお露が訪ねてきた。死んだと聞かされていた新三郎は驚くが、久しぶりの再会を喜び、二人を家に入れた。二人は明け方になると新三郎の家を去り、翌日も、その翌日も夜になるとやってきた。
 お露とお米が現れてから七日目のこと、新三郎の隣家に住む伴蔵という男が、夜な夜な隣から女の声がするのを不思議に思って覗いてみる。すると、新三郎が抱いているのは骸骨であった。
 新三郎はお露とお米の墓のある新藩随院を訪ね、二人が幽霊であることを知り、新藩随院の良石和尚から金無垢の如来像とお札を譲り受け、以後、二人の幽霊を退ける。
 しかし、お米から百両をもらう条件(条件を提示したのは妻のお峰)で、お札と如来像を伴蔵とその妻お峰に隠され、新三郎はお露とお米の霊にとり憑かれ、壮絶な最期を迎える。その死体の傍らには女人の髑髏が転がっていた。
 その後、行方を晦ました伴蔵も、お峰に浮気を責められた拍子に旧悪を暴かれてしまう。妻を殺して逃げる途中、川から出てきた白い腕に引きずり込まれ、行方知れずとなった。


原本
中国、明代の怪談集『煎燈新話』の中の一編「牡丹灯記」
内容はほぼ同じだが、終盤に鉄冠道人という人物が現れ、悪霊と化した三人を地獄へ送ったとされる。
日本へは室町時代末期に伝わった。
明治期の噺家、三遊亭円朝が今の形に整えた。


牡丹灯籠の怖さ
怨恨ではなく思慕によって殺される怖さ
→幽霊になってまでも愛しい者のところへ向かう狂気にも似た恋慕の情。その恋慕の情に恐怖を感じる。また、足があるという特徴も、単に中国伝来というだけではなく、新三郎にとっても望まれた存在だったのではないか、と推測できる。
→人間は心が許容するものには親しみが持てる。このことから、新三郎自身はお露の存在を認めていた、と考えられる。
欲のためならば他人すら差し出す人間の業
→自分のためなら何でも出来るという浅ましさに対する皮肉。この辺りは『四谷怪談』や『累ヶ淵』にも通じる部分があると思われる。


まとめ
『牡丹灯籠』は元々中国から伝えられたものだが、三遊亭円朝によって日本的な幽霊譚としてまとめられた。
『牡丹灯籠』には、他の幽霊譚と比較して恐ろしさよりも物悲しさを感じる。それは、怨恨ではなく思慕の情によって引き起こされた怪異だからではないだろうか。
また、金目当てで新三郎を売った伴蔵・お峰の夫婦は、自身の欲のために動いているが、これは裏を返せば人間は欲でしか動けない存在だと伝えたいのではないだろうか。
どちらにしても最後には狂気に至ってしまうことが、『牡丹灯籠』という作品の怖さだと、考える。


参考文献
『中国幻想小説傑作集』武田晃編 白水社 1990.12.20
『日本怪談大全第二巻 幽霊の館』 田中貢太郎 国書刊行会
『牡丹燈籠』 大西信行 三一書房 1974.8.15
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