歴民研活動報告
このブログでは京都学園大学「歴史民俗研究会」の活動を紹介しています
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DATE: 2008/07/29(火)   CATEGORY: お知らせ
8月2・3日のオープンキャンパス
8月の2日、3日にオープンキャンパスがあります。
2日には、「つちのこ亭」の落語と怪談についての発表もありますので、是非ご参加下さいませ。
今回も、歴民メンバー二名が発表致します。
内容は、一回生が「死神」、三回生が「牡丹燈籠」です。他にも、三人の先生方と、四回生の学生一名が解読致します。

来てくださった方には、毎回、うちわを差し上げておりますが、今回は、新たにポストカードも製作中です!妖怪葉書で暑中見舞いなど、如何でしょうか??
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少しでも興味を持たれた方は、「つちのこ亭」だけでなく、朋文館二階の共同研究室まで、足を伸ばしてみてください。

                                                   算盤坊主 
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DATE: 2008/07/23(水)   CATEGORY: そろばんぼうず
柳田国男『妖怪談義』付載「妖怪名彙」―「ソロバンボウズ」についての調査報告
今回、私が、柳田国男『妖怪談義』付載「妖怪名彙」の資料検証を行うにあたって、選んだ妖怪は、『妖怪談義』P199に記載されている「ソロバンボウズ」である。
「妖怪名彙」には、80の妖怪が載せられているが、「ソロバンボウズ」は、前から数えて6番目であり、比較的最初のほうに載せられている。

それでは、まず、「妖怪名彙」に書かれている文章の全文を載せたいと思う。

ソロバンボウズ
路ばたの木の下などにいて、算盤をはじくような音をさせるから算盤坊主(口丹波口碑集)。

以上である。短い文章であるが、これによると、柳田は『口丹波口碑集』を参考にしたこということなので、『口丹波口碑集』にはどのように書かれているのか、続いて、こちらも原文に忠実に載せてみたいと思う。

『口丹波口碑集』
算盤坊主
西別院村笑路の西光寺の傍に、一本の榧の木があって、そこを夜おそく通ると、坊主のような風体の男が、その木の下で盛んに算盤を弾きだすと云う事である。俗に算盤坊主と云って、狸の仕業かもしれないと謂っているが、何でも昔この寺の小坊主が、計算の事から和尚に罵られ、この木で首を吊って死んだのだという話もある。
と、いうことである。一見しただけで、柳田の文章では、ずいぶん省略されていることが伺える。特に、『口丹波口碑集』の後半部分、「俗に算盤坊主と云って、狸の仕業かもしれないと謂っているが、何でも昔この寺の小坊主が、計算の事から和尚に罵られ、この木で首を吊って死んだのだという話もある。」という文章を、柳田は丸っきり省いてしまっている。なぜ省いたのか・・・?必要ないと判断したからなのだろうが、もしかしたら、この文章の中には、柳田にとって、障りのあることが書かれていたのではないだろうか。
そのようなことも含め、まず、『口丹波口碑集』の文章の前半部分から、幾つかのキーワードを挙げながら、柳田国男の「妖怪名彙」に書かれた「ソロバンボウズ」の文章と比較してみることとする。

『口丹波口碑集』によると、「算盤坊主」が出没するのは、「夜遅く」、「西光寺の傍の榧の樹の下」で、「坊主のような風体の男」が「算盤を弾きだす」と、いうことである。
出没時間は曖昧ではあるが、全体的に見ても、妖怪柳田の文章とは違い、随分いろんなことが特定されている。

それでは、まず、「ソロバンボウズ」の出没場所から比較してみたいと思う。

「ソロバンボウズ」の出没場所
出没場所について、柳田はただの「路ばたの木の下」と書いているだけであるが、『口丹波口碑集』では、「西別院村笑路の西光寺の傍にある、一本の榧の木の下」と、かなり特定されている。
この、「西光寺」(図Ⅰ)は、現在も同じ住所に存在しているが、肝心の榧の木は、今は切り倒され個人宅が建っているが、『京都丹波丹後の伝承』によると、昭和47年頃までは存在していたということである(図Ⅱ)。柳田が書くように、この木がかつて、「路ばた」にあったのかどうかは分からないが、木の下「など」にいるというわりには、『口丹波口碑集』には、木の下以外に現れたという記述はない。また、後に挙げる他の類似伝承にも、同様に、そのような記述はない。

「ソロバンボウズ」の姿
柳田は、「ソロバンボウズ」の姿については触れていない。むしろ、姿はなく、算盤の音だけがするから「算盤坊主」と名づけられたとでも言うような書き方である。
しかし、『口丹波口碑集』では、「坊主のような風体の男」として、その姿はしっかりと存在し、そこから「ソロバンボウズ」が「坊主」であるという、名前の由来がここから来ているとも想像できる。また、『口丹波口碑集』には、音についての表現は書かれていない。
妖怪は、もとは音などの自然現象であるというのが一般的解釈ではあるが、この書物を何の先入観もなく読むとするならば、「坊主のような風体の男」が、「算盤を弾きだす」という文章からは、音よりも、「算盤坊主」の行動を表す、「視覚」的なもののほうが優先されている。
それにも関らず、柳田は、「ソロバンボウズ」の姿に関する一切の記述を削除してしまった。
柳田はなぜ、このように大事なものを省いたのだろうか・・・。
柳田によると、「妖怪名彙」の分類方法は、「出現の場所」と「信仰濃度」とされている。
しかし、「妖怪名彙」を見てみると、「ソロバンボウズ」の前に並んでいるのは、「センダクキツネ」で、この妖怪は、物を洗うような「音をさせる妖怪」で、その前の「アズキトギ」や「タヌキバヤシ」も、姿を見せずに、音だけを出す妖怪として、紹介されている。そのため、その次に来る「ソロバンボウズ」も、その流れを汲んでいることを予感させる。
そこから考えるに、柳田は、「ソロバンボウズ」を、「音の怪」としたかったのではないだろうか。柳田は、「妖怪名彙」の順番を整えるため、算盤の音を出すであろう「算盤坊主」を、「センダクキツネ」に続く、「音を出す妖怪」として載せるために、「音の怪」としたのではないだろうか。

続いて、「ソロバンボウズ」の出没時間について述べたいと思うが、その前に、ここで、『口丹波口碑集』以外の『ソロバンボウズ』の伝承について触れておくことにする。
国際日本文化研究センターの作成した、「妖怪データベース」によると、「ソロバンボウズ」の伝承が記載されている文献は、三つあるという。
それは、まず、『宮城縣史 民俗3』21巻に記載された論文「妖怪変化・幽霊:妖怪変化」、続いて、『口丹波口碑集』に記載された垣田五百次・坪井忠彦の論文「村々の言ひ傳へ」、そして最後に、柳田国男の『民間伝承』に記載された、論文「妖怪名彙」である。
『宮城縣史』を確認してみると、これは、柳田の「妖怪名彙」を参考にしたもので、参考文献の蘭にも『妖怪談義』の論文名が確認できた。よって、『口丹波口碑集』以外に、「ソロバンボウズ」の伝承は見つけられなかった。しかし、「算盤坊主」には、類似する伝承がいくつか存在することが分かった。そこで、まずは、その一つである、「算盤小僧」についての記述の全文を載せたいと思う。

『旅と伝説』
8 算盤小僧
西別院村字笑路に鎮座する素盞鳴神社(祭神は素盞鳴尊)の境内に、一本の大樹が聳えている。その樹の下には毎夜一時頃少年が一人現れて、算盤の稽古をするが、之はその神社の隣の西光寺(曹洞宗永平寺末で、現在の伽藍は明治年間の再興にかかるものである。)の開山、萬安英種和尚が、幼少の折に深夜人知れず勉学に努めた為であろうと傳へられている。猶、この類話が「口丹波口碑集」(五九項)に算盤坊主と題してあげてあるから、参照され度い。


ということである。
出没場所や、算盤を弾くものが「少年」であること、そして、それ人物は西光寺の開山、萬安英種和尚であるかもしれないという、若干内容に違いはあるが、「西別院村字笑路」の「西光寺」や、「素盞鳴神社」(図3)など、語られている地域は「算盤坊主」と一致している。また、「一本の木の下」というのも、一応一致していることから、「算盤坊主」の伝承と同じ流れとみてよいと思われる。
また、この他にも、西光寺の住職さんが、「月刊寺報」(資料Ⅰ)に、「ソロバン小僧」という話を書いている。住職さんの話によると、この話は、『丹後の昔話』から引用した文章である、ということであったが、実際に調べてみると、それは、『京都丹波丹後の伝承』(京都新聞社)(資料Ⅱ)の「ソロバン小坊主」であったことが分かった。内容を見比べていただくと、類似していることが分かるかと思う。
また、『京都丹波丹後の伝承』は、『ふるさとの昔話』をもとにしたとのことであったが、残念ながら、こちらのほうの確認はまだ出来ていない。
しかし、『京都丹波丹後の伝承』の「ソロバン小坊主」も、内容に若干の違いはあるが、語られている場所などから、これも「算盤坊主」であると考えられる。
恐らく、これが、『口丹波口碑集』でいう、「何でも昔この寺の小坊主が、計算の事から和尚に罵られ、この木で首を吊って死んだのだという話もある。」に、当たる伝承であろう。

ここまで、いくつかの類似事例を挙げてきたが、内容から推測するに、これらの「ソロバンボウズ」は「妖怪」とは思えない。
なぜならば、もし、仮に、小坊主が、計算の事から和尚に罵られ、この木で首を吊って死に、その魂が、毎夜木の下で算盤を弾いているのならば、それは、亡霊であり、「妖怪」ではなく「幽霊」であるからだ。
恐らく柳田は、これが「狸の仕業」かもしれないことと、「妖怪は場所に出て、幽霊は人につく」といった考えから、これは「幽霊」ではなく「妖怪」と判断したのかもしれないが、個人的には、自縛霊というものもあるのだから、これは皿屋敷の「お菊」のように、「幽霊」に分類されるべきだと考える。私が、このように推測したのには、もう一つ、理由がある。それこそが、「ソロバンボウズ」の出没する時間帯である。

「ソロバンボウズ」の出没時間
あまり、重要なことではないようだが、柳田は「ソロバンボウズ」の出没時間を書いていない。柳田の定義では、妖怪の出没時間は、宵や、暁、黄昏時といった、薄暗いが、おぼろげに見える時間帯であるとし、幽霊は、草木も眠る丑三つ時、といっている。
『口丹波口碑集』によると、「算盤坊主」の出没時間は「夜遅く」である。
これだけでは何時なのか、具体的な時間は分からないが、もし、「算盤小僧」が同系の伝承であるとするならば、その出没時間は深夜一時頃。これは、明らかに幽霊の出没する丑三つ時に近いのである。
「算盤小僧」の伝承が語られていた時期が何時頃からなのか、どの伝承が先かということは、現段階では判断することが難しい為、この伝承を柳田が知っていたかどうかは分からないが、「妖怪名彙」に載せる妖怪ならば、いくつか似た伝承を当たっていてもおかしくはない。にも拘らず、柳田は、「ソロバンボウズ」に姿があることと同様に、「ソロバンボウズ」が「幽霊」である可能性をも、丸っきり削除して、「ソロバンボウズ」を「妖怪名彙」に載せてしまったのである。

調査結果
柳田は、自分の見解に基づいて、妖怪を選び、「妖怪名彙」に載せていたことが良くわかる。柳田が、「妖怪名彙」を、自身の言うように、「資料」として作成したのであれば、若干、故意的な作為の気配が感じられるため、これは、あまり、良い「資料」とは言えないであろう。今後、「妖怪名彙」を、文献資料として扱う場合には、以上に述べたような問題があるため、それを充分に注意することが必要である、と考えられる。
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DATE: 2008/07/14(月)   CATEGORY: お知らせ
7月20日 オープンキャンパス
7月20日に京都学園大学のオープンキャンパスがあります。
来てくださった方には、もれなく。歴民グッツ(亀岡妖怪うちわ)を差し上げています。
このうちわに記されているQRコードにアクセスすると、妖怪の謎が・・・。

私たち、歴民研メンバーも参加しますので、是非、いらしてください。
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DATE: 2008/07/14(月)   CATEGORY: お知らせ
夏合宿 石川編
八月四日から、石川県加賀市大土町の調査に行くことになりました。
今回参加するメンバーは、一回生四人、三回生二人の計六人です。
大土町は、炭焼きや、焼き畑などの文化の残る地域です。
今回は、四泊五日と短い期間ですが、この合宿をきっかけに、今後も大土合宿を続けていけたらと思います。

活動報告を、楽しみにしていてください。
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DATE: 2008/07/09(水)   CATEGORY: 活動日誌
うちわ作り
歴民オリジナルグッツ制作中です!
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先生にもお手伝いしてもらいました。
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DATE: 2008/07/07(月)   CATEGORY: 活動日誌
妖怪/怪異四十二箇所 七~十二 京都編
七月六日(日)に精華大学のフィールドワークに参加してきました。
コースは、西福寺→幽霊飴本舗→六波羅蜜寺→珍皇寺→安井金比羅宮→崇徳院陵です。
今回、一番の見所は、珍皇寺の「珍皇寺参詣曼荼羅」 「観心十戒図」を、特別に見せていただくというものでした。

各場所についての報告は、後ほどアップします。
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